自分を愛するとは?
幸せな人生を生きて行くには『自分を愛する』のは大切な心の状態です。
なのでいきなり結論ですが、『自分を愛するとは』幸せな人生を生きていくのに必要な、とても大切な心の状態のことです。
そして自分を愛せないのは心の問題です。ですが心は向き合うことで開いていきます。
最終的には自分に正直に、自己一致したありのままの自分になり、そうしたコツコツ心に向き合った取り組みにより自分を愛せるようになるんですね。
だから自分を愛せないと自分を幸せな人生に舵をとって生きていくのは難しくなってしまいます。
すでにここまで聞いてもらっただけでも自分を愛することはとても大切なこととおわかりいただいたと思います。
そしてこの自分を愛すことや心や愛については、学校の道徳で教えるべき『テーマ』だと思うくらい大切だと思っています。
なので心の在り方という内側が変わると自分を愛せるようになるんですね。
この記事ではどうやって内側を変えて自分を愛せるようになるのか、お伝えしています。
少し長いですが、最後までお読みいただけら嬉しいです。
でも自分を愛せないと幸せな人生になりにくいのはどういうことかお伝えしておくと、、、。
あなた自身、自分が嫌いだと外側には「やっぱりあなたも自分を嫌っているのね」という現実をみさせられてしまいます。
でも心の内側の加害者意識や被害者意識を手放して、責任者意識で生きると決意しそうできると自分の人生の主人公で幸せに生きることができるようになります。
『 あなたの人生の主役は誰ですか?』
ですが、今まで培ってきた心の在り方、内側を変えるのは、それなりに時間がかかることをお伝えしておきます。
でも諦めずに自分のペースでゆっくりコツコツと真摯に向き合っていくと、確実に自分を愛せるようになります。
かつて自分が大嫌いでしょうがなかった私が、自分の嫌いな闇、弱い部分も含めて自分を愛せるようになってきました。
完璧ではないですが、もちろん今もなお向き合い続けています。
そして本来、自分(魂)は嘘をつきません。ですが心は、痛みがあると勘違いしてしてしまうことが多いのです。
痛みの声は本当の声のささやきより大きからです。
でももし自分は嘘をつくと持っているなら、やっぱり自分をいっぱいごまかして生きてきてしまったんです。
これからは自分に嘘をつかないで生きていくと決めてください。
そして一番に自分へ「今まで本当の気持ちを隠して、自分の気持ちに嘘ついていたこと、ごめんなさい」って謝りましょう。
自分を愛すには自己受容していく
自分を愛すとは?
自分とつながり直すことです。
自分が受け入れたくない自分が嫌う自分ほどです。
『どんな自分が嫌いですか?』
私はめいわくかける自分が嫌いでした。(いっぱいある中の代表的な一個です)だから頼みごともできませんでした。
でもたくさん頼みごとはされます。そしてイヤとは言えませんでした。
だから迷惑かける自分を受け入れられない、頼み事する自分も受け入れられない、イヤと断る自分も受け入れられない。
これが自分なのに受け入れらなくて苦しかった、、、。
これらは、自分で受けられないから人からもこんな自分は受け入れられるわけがナイとも思ってきました。
じゃあ、何は受け入れられていたか?
迷惑かけない自分、頼み事しないで1人でできる私、イヤは言わずなんでもいいよーって言う私。
でも本当は迷惑をかける自分を受容してあげることが大切なんです。
そしてなんで迷惑をかけてはいけないってそれほどまで思い込んでいたのか?
過去にさかのぼるんです。
私は母親に「他人に迷惑をかけるな」ってくちが酸っぱくなるほど言われいましたし、実際、子供の頃は家が大変だだったのでお母さんがかわいそうだから、迷惑をかけないって自分を縛っていたんですね。
だから迷惑かける自分はダメって、迷惑かける自分は親からも愛されていないと思ったし、自分もこの迷惑かける私はダメだからいらないって抑圧、この子を閉ざしてきちゃったんですね。
すると心もどんどん閉じちゃうんです。
心が閉じると嫌なことも入ってこないけど、本当の喜びや幸せも入ってきにくくなっちゃうんです。
話が逸れましたが、本当は迷惑をかけても良かった。
というのも迷惑かけるのが子供の仕事でもあるのに、私は子供らしくきゃっきゃしたところがあまりなく、感情の薄い子で良い子だったんです。
これは両親が喧嘩がちだったりすると、子供は感情は良くないものと学んでしまったのも原因の一つです。
だから私の内側では、迷惑かける子は悪い子と排除され、感情を出すのも許可していなかったので感情が薄く、子供らしくない子は表現してオッケーな子だったんですね。
これらが心の囚われだったのです。
感情が薄くフラットで迷惑かけない子は愛せるけど、迷惑かける子は断固愛せません!こんな内側です。
だから、子供らしいく子供時代を送れなかった親に対しての恨みつらみを吐き出していくんです。
恨みつらみの怒りが出ないと執着になります。
怒りを出さないということは自分を抑えてしまっていることになるので、自分を攻撃、責めてしまったり、ひどくは鬱にもなったりします。
自分の感情に寄り添ってあげるんです。どんな感情にも100%味方で。そうやって感情に寄り添ってあげていると、本当はどうしてほしかったのかって、本音がでてくるんです。
だからその時の私は「どんな私も愛して欲しかったって!」これが本音です。(でも今の親に直接伝えたとして何の解決にもなりません、心の中の今だに連れて回っている子供の頃の親へ紙に書いたりして吐き出すんです)
だからどんな私も愛してもらえていないと、私自身の今の自分の受容の仕方が子供の頃に親に扱われていた時の受容の仕方と一緒になっているんです。
だから苦しくなって、自分とのつながりが切れていたんです。当時の親が受け入れてくれたぶんしか自己受容しにくいんですね。
そして今度は、親へのどんな私も愛してという淡い期待は、諦めるんです。
この淡い期待は諦めていい諦めなんです。自分の内側からでていってもらいましょう。
大人の自分を子供の頃の親がいた内側へしっかりといれていくんです。
だから大人になった今、どんな自分も愛していくのは自分自身なんです。
そして決めるんです『私はどんな受け入れがたい嫌な自分も含めて、とことん自分を愛します』って。
こうやってコツコツ感情に寄り添って、恨みつらみを吐き出して、本当は当時どうしてほしかったたのか?このほしかったWANTを自分にしてあげていきましょう。
こうして自分が心(感情)から自己受容されると、安心感を感じられるようになり本当の気持ちが出てきやすくなるんですね。
我慢が緩むと人生が楽になる
それには先ほどお伝えしたような過度なジャッジをやめていくことです。
過度なジャッジは感情を癒すことが大切です。
なので私たちは自分を言い悪いで判断しています。
ジャッジすることも良い悪いでもありませんが、過度な囚われは選択肢がなく苦しいんです。
こっちの私は良くてこっちの私は悪い。
本当はどっちも大切な私なんですよね。
ただ囚われは向き合いましょう。感情を癒して。そして選べると人生が楽になります。
我慢が和らぐので人生が楽になるんです。そしてこうなるとジャッジしてもいいんです。だって人間だから。自然でいいんです。
自分の命とつながり直し
そして自分が嫌いだった時は、自分とのつながりが切れてしまっています。
自分を愛するとは、とても能動的です。待っていて自分を愛せるようにはならないんです。
だから受動的に愛されていたのは子供の頃までです。
そしてこの受動的な愛を追い求めてしまいパートナシーップでよくありがちなのが、どっちが先に愛すか問題です。
自分は愛される側で、あなたは愛す側って幼少期と同じ状態になってしまってうことで、関係性にコントロールやマウントが入ってしまい、「あなたは私を愛すほうでしょ」ってしたくない争いばかりになってしまいます。
ですがこの問題は自分を愛しだすと変わります。能動的に自分を愛していくと与えていくこもできるようになるんです。
そして私たちの本質は誰かの役にたったり、誰かを愛したい与えたいんです本当は!
ここに『愛は技術』ととく私の大好きなエーリッヒ・フロムの『愛するということ』の本からの言葉を抜粋した引用をシェアさせていただきます。
人は意識の上では愛されないことを恐れているが、ほんとうは無意識の中で愛することを恐れているのである。
〜引用元:愛するということ エーリッヒ・フロム著 191ページ第4章習練より〜
私はこの本を読んだ時、目からウロコがボロボロと落ち、愛こそ学ぶべきものだと心底思いました。
ですが「愛は技術である」のを多くの人は否定します。
それは、愛は学ぶというよりも、自然に沸き上がるものと思いこんで抜け出せないからだともフロムはいっています。
私もこの思い込みから抜け出せなかった一人です。
愛とは与えられるものではなく、自分のなかに息づいているもの(喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど)を相手に与えることであるとフロムはさらに言っています。
まずは自分を愛すことです。
これは愛の土台になり、人生を楽にしてくれます。
子供の頃に思い描き空想していたような両親はいない、その当時の両親、家族諸々に恨みつらみを吐き出し、感情に寄り添いそこはもういい意味で諦めるんです。
そして子供の頃の両親がいた内側には新たに自分が理想の両親として自分を受容していってください。
そして今度はしっかり命のルーツにつながり直していくんです。
ご先祖様、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、今度は恨みつらみではない、本当の自分の命のルーツに、感謝とともに。
でもまずは恨みつらみを吐き出して、感情を癒してください。
実はこの作業は、もしもあなたがパズルだとしたら、過去にどこかへ追いやったり無くしてしまったパズルの1ピースをひとつずつまた拾いに取り戻しにいくような作業なんです。
なんでこんなことをするののか、自分を愛することで自分の命とつながり直せるからです。
これをコツコツ丁寧に時間をかけてパズルを仕上げていく、これが自分を愛すこと。
そして自分を愛すことは責任者意識で本当の人生を歩むこと、そしてそれが自分を生きる幸せな人生だからです。
能動的に愛を受け取り命の流れに感謝をして、今度はそれを与えて行く。
だから今度は自分にして来たように能動的に相手を愛していく。
こんな愛の循環がどんどん広がりますように!
世界平和はあなたの心の内側からはじまります♡
ここまでお読みいただきありがとうございました。