こんな質問にお答えします。
こんにちはYUKOです。2007年6月にヨガとアーユルベーダの勉強で1年間インドを周遊、バックパッカーしました。その旅の終わりにインド人の彼氏ができてインドの北ヒマーチャル・プラデーシュ州のダラムサラーで日本食レストランを経営していました。
インドと日本を行ったり来たりのデュアルライフを6、7年していた経験を持ちます。今はその彼とは別れたので帰国しました。
アメブロを更新しました。 『前衛的アートin INDIA』 #インド #バックパッカーhttps://t.co/1k13Dlnhca
— ゆうこ@2019.12にインドへ帰るよ♡ (@69uco) November 6, 2018
ですが2019年の12月1日に再びインドへ帰国します。前の彼や今回の話とは関係ないのでまた別の機会でこのお話はしたいと思います。本記事ではインドで価値観が変わった自分の体験談をお話しさせていただきます。
本記事ではこれからインドへ旅行してみたいと考えている人や興味がある人への記事になっています。またインドへ行くと価値観が変わるといのは本当なのか?と疑問に思っている人にも必見です。
※本記事は5分ぐらいで読み終わりますので最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
インドへ行くと価値観は本当に変わるのか?
インドへ行くと価値観は本当に変わるのか?
結論から言うと本当に変わります。ただ受け取り次第でもありますが。変わっても器がなければ変わったと気づかないでしょう。やっぱりインド行ったけど汚くて騙す人いっぱいで嫌いだった的な、でももう二度と行かないと行って再び訪れるわけです、笑。
話がそれましたが、なぜ変わると言い切れるのか、それは私が実際にインドへ行って価値観が変わったからです。
インドへ行った事で人生が変わりました。
インドは確実に自分の本質をノックします。自分に嘘はついていないか?本質を閉ざしたままの自分の価値はハリボテのようなものですから。
価値観て?
では、具体的なお話をしたいと思うのですがその前に価値観て何だろうって言う話ですよね。ちょっと価値観について調べて見ましょう。
価値観(かちかん、英:sense of values)とは、何に価値があると認めるかに関する考え方。価値(善・悪、好ましいこと・好ましくないこと、といった価値)を判断するときの根底となる ものの見方[2]。ものごとを評価・判断するときに基準とする、何にどういう価値がある(何には価値がない)、という判断。
参照:Wikipedia
簡単に言うと自分が思い込んでいる事で判断し価値を決めると言う事です。
そしてその価値観が変わると言うのは、当たり前と思っていたことが当たり前じゃなくて、自分で大切にしてきたことや、本当だと思っていたことが、根本から変わるという事が価値観が変わると言うことなんです。
そして、インドはその価値観が変わる国です。なぜならインドには全てあるからです。良いも悪いも、汚いも綺麗も、最高も最低も大富豪も不可触民も、関係なくあるただあってどれも排除されていません。
そしてそんなインドは私の価値観を大いに変えました。路上で生活する家族、ゴミだらけの異臭を放つ聖なる河、ドアの壊れた路線バス、騙そうとしてくる人、ぼったくる人、ジロジロ見てくる人、不衛生、ハエの大群、下痢、嘔吐、、、もうなんなのって言いたくなります。
そしてこれだけのことを、ただ素通りできる人はよっぽどの人だと思います。インドはなんかしら感覚を刺激し見たくない感情をあらわにします。なので価値観が大いに変わる気かっけになるのです。
なので、変わるというか変わるきっかけになるという事かもしれませんが、結局は価値観は変わるわけです。私の価値観が変わったように。
では、私の価値観が変わったと言う体験を具体的に以下でお話ししていきたいと思います。
インド旅行へ行って価値観が変わった体験談
まず私のどんな価値観が変わったのかを初めにお伝えします。それは家族についてです。家族って煩わしくていい、煩わしいから家族なんだって言う事を私はインドから学びました。
私の両親は離婚していてます。子供の頃は両親は喧嘩ばかりでした、最終的に母は父と離婚するのですが、煩わしいものはなくすように私と母は父の元を去るために計画的に夜逃げをしたのでした。
それだけ母は父に苦しめられたと言う事でもあったのですが、私はもの心ついた頃には完全に母の味方でしたから。父=煩わしいもの。そしてその父がいる家族は煩わしいと言う方式が普通でした。
しかし、私はインドで旅の体験やインド人の彼ができたことで日本食レストランをして別れたことで、実はどうしても父と会いたくなったのです。
そして父を探し20年振りに父と再会をすることになったんです。私の煩わしい根源である父と。で、今では母や兄には内緒ですが父とはたまにあっています。仲良しなんですよ。
そして、私たちは子供の頃に慣れ親しんだ見てきたこと言われてきたこと体験してきたことで価値を作る訳です。
そんな私はお母さんにべったりなチームお母さんで生きてきました。お父さんはお母さんを困らす、お父さんは完全なる悪、悪者です。そして悪者は入りません、だから排除するわけです。
確かに母は本当に一人で子供の私と兄を育て上げてすごいなぁと感謝ももちろんしています。
ですが、私にとっていくら悪でも父は父なのです。そして私はお母さん50%、お父さん50%で作られたのです。お母さん100%はありえないのです。100%はお母さんになってしまいますからね、笑。
でも、子供の頃にお母さんに忠誠を誓いました、お母さんについて行くことで私は生きれたのです。
でも、そんな私の中の50%であるお父さんの部分は決して排除はできないんです。でもチームお母さん、お母さんに忠誠を誓った私は父は煩わしいもの。そして煩わしい父は私の中で排除され続けて虐げらられていたのでした。
それは自分で自分の半分を完全に否定していることから、自分を無意識にでもとても傷つけてしまうことなんです。なので、当時の私はとても自己否定が低かったです。いつも、何かに怯えていたし、自分をよく見せることに必死でした。
そして私である半分をいつまでも隠していると、本当の幸せな人生を掴めなくて低空飛行の人生になってしまうそうなのです。だから生きるのがとても苦しかったのです。それから逃げたくてインドに行っていたのかもしれないですが、、、。でもこれはそののちに勉強した心理学で知るわけですが。
話が大いにそれましたが体験談でしたね、インドの話に戻します。インドへ初めて行ったのは2007年です。バックパッカーを1年してインドを見て回りましたが、目についたことがあります。インド人てどこを見ても家族単位で活動しています。家族の絆が強いのです。
そんな家族の絆が強いインド人の質問はいつも家族のこと。「兄弟は何人いるの?」「お父さんの仕事は?」「結婚しているのか?」「日本にいる家族は元気なの?」「家族は全部で何人?」私はこの家族の質問が嫌でしょうがなかったのです。
私の家族はバラバラで両親も離婚したから。初めはあっけらかんと話してました。だって日本では離婚している家族なんていっぱいいますし、離婚したとしてもそれぞれに幸せという選択肢があった事で苦しみから解放され、それぞれ幸せの道を選んだそう思っていたから。
そしてお父さんとは20年もあっていない事もぽろっと口から出てきました。ほとんどお父さんのことを話すことなど私の人生から無くなっていたのに、、、。
私も正直に答えなければ良いのですが、だんだん離婚している家族が悪いのか?絆すらない家族だったの?別になんとも思っていないってことが、なんとなく家族のことが寂しくなってきたり恥ずかしくなってきたのです。明らかに今までとは違う感情です。
そしてインドではどこに行っても家族の光景を見ます。淡白な家族に育ったと思い込んだ私には強烈に自分の中にそれはあるんだと訴えていたんでしょう。そして、本当は家族の愛を一番に欲していたんだと思います。
よくよく思うと家族が大好きでした。でも大きくなるになるに連れて大好きな家族はバラバラに、そう行った最終的にバラバラな家族を見て育つと大好きな家族でもバラバラに別れてしまうのなら、もうそんな悲しい思いはしたくない傷つきたくないって家族を作る選択すら私の人生では考えられなかったんです。
だから、インドへ行った当時、私は結婚願望が全くなかったのです。インドへ初めて行った時は34才でした。1年インドを旅して家族って良いなって思い出してたんですね。いつも喧嘩してもどんなことがあっても別れない絆のある家族を見て。
でも、1年の旅が終わ頃にお付き合いしたインド人は結婚しないことを前提に付き合いを初めてインドで日本食レストランを作ったのでした。
そして、さらにインドで生活していくと家族って煩わしくていい、煩わしいのが家族だって、それで良いという事に強烈に気づかされたある出来事があったのでこれをお話ししたいと思います。
煩わしいのが家族
私がインドで日本食レストランを経営していた時にレストランの場所を借りていたのですが、大家さんも同じ敷地で住んでいました。
同じ敷地というか、私たちカップルは大家さんの家に一室を借りて、一緒にも住んでいたのです。
そしてレストランをオープンしてからしばらくして、ある日の真夜中、小さな村ぜんたいに響き渡るくらいの激しい喧嘩の声がどこからか聞こえてきました。びっくりして飛び起きたらなんと大家さんと大家さんの娘が激しく喧嘩しているじゃないですか。
というか一方的に大家さんの娘が今にも自分のお父さんを殺さんと言わんばかりの状況でした。それもインドの家には神様が祀られていてその神具である30センチはある、ブッとい鉄の鎖をお父さんに布団の上からですがバシバシ金切り声をあげて叩いているではないですか、、、。
あまりの激しい喧嘩にご近所さんは家に集結、娘さんを大きな男性が3人がかりで取り押さえてようやくっていう感じでした。余談ですがインドの地方の家は結構、家の作りがオープンなんです。
そんなんで喧嘩は終息ですが、なぜ喧嘩したのか事情は知りません。でもあんなに怒るのはよっぽどだったんだなぁって思いながら再び眠りにつきました。
そして、翌日です、私にとってさらなる事件は…。
朝起きるといつも大家さんの家のキッチンへ行きチャイをもらっていたのです。その日も起きてまずキッチンへ行きましたが、途中きのうの夜の出来事をはすごかったなぁなんて思いながら歩いていると、目を疑うような光景が飛び込んできたんです。
きのう、殺すと言わんばかりだった大家さんの娘さんは、殺そうとしていた大家さんの頭を毛づくろいしているではないですか!しかも談笑しながら。
ちなみにインドの田舎ではまだ頭にシラミが湧くのです。シラミをプチプチと殺すのに毛づくろいしてたんですね。
で、話を戻すと、そう、仲むずまじくきのうは何事もなかったかのごとく毛づくろいをしているんです、、、。
私にとってこの出来事は異質すぎで理解不可能だったんです。正直、吐きそうでした、なんだかものすごく嫌なもの見た後みたいな、昨日のあれはなんだったの?とパニックになっていました。
大きく自分の普通が揺らいだお話しです。
きっと、これ読んでなんの事と思う人もいるかもですね。それが家族でしょ?って、でも私の家族の普通がそうじゃなかったから大きく揺らいだという事はわかっていただけたら幸いです。喧嘩したらいずれ終わってしまいます、仲直りはしません。
そして、そのできことは私の中で色々と訴えかけ、最終的には気づいたんです。
家族は煩わしいもので煩わしくても面倒でも関わり合っていくんだって。私の家族になかった絆かもしれません。それはゆっくり自分の本質と向き合うきっかけにもなり、自分がインドで価値観か大きく変わったところでした。
そして私たちの日常ほど変わりようがありません。だから旅をするのです。人生を広く深くします。また狭く浅くと楽になる事もそれからは可能です。
インドでの日常は日本での日常ではなかったり、私たちの日常がインドでは日常でなくて、そもそも普通ってなに?って疑い始めるわけです。
だからインドでは価値観が変わると言われるんです。インドはそういう国なんです。
そしてインドへ旅行して私の家族に対する価値観も大いに変わったという体験談をお話しさせていただきました。
まとめ
インド旅行を考えていたり興味がある人にインドへ行くと価値観は本当に変わるのか?を自分の価値観が変わった体験談をお話ししました。
インドでは私の価値観にそぐわない物を見た事で価値観が大きく揺らぎ、ゆっくりと自分の中で反芻され価値観が変わりました。
なんども言いましすが、インドは本質をノックしてきます。臭い、汚い、騒音からも嫌でも感覚を刺激してきます。その刺激は次第に感情に触れ本質に訴えかけられるわけです。
それで揺らいだ価値観が大きく代わっていくきっかけが出来、最終的には実際に価値観が変わります。
それがインドなんです。
でも結局行った人にしか味わえないわけですが、ぜひインドっていう体験をしてみてください。
さあ、インドがあなたを呼んでますよ。
それと私の体験からですが初めてのインドで何もわからないのであれば安宿などには泊まらずに、バックパックであっても初めはしっかりホテルを予約することをおすすめします。安全はお金で買えますから。
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>>expediaで航空券を購入するとホテル代が半額になってポイントもマイルもたまる。
▼インド旅行参考記事
▼これは、「人間は犬に食われるくらい自由だ」で有名な藤原新也さんの本。インドに行く前にもインドに行かなくても読んでもらいたい本
▼人生を変えるという事ならインドではなくインフルエンサーに会うのもおすすめ
最後まで読んでいただきありがとうございます。必要な方に届きますように╰(*´︶`*)╯♡